今回の4Kレストア版の中でも一番見たかったけど見たくなかったやつ。
それは「ブエノスアイレス」こと「Happy Together」だった。
「ブエノスアイレス 摂氏零度」っていうメイキング、というかドキュメンタリーも見たけど、こころが痛くなっただけだった。
これは香港の反対側。アルゼンチンのブエノスアイレスでの話なんだけど、愛するレスリーチャンと大好物のトニーレオンが出てる。
公開する時代が早すぎた、ゲイのカップルの映画。ちょうど香港返還の頃。
狭いソファーに寝るトニーレオンのところに、ぎゅぅぎゅうになって重なり合うレスリーチャン。
せっかくトニーレオンが買ってきてくれたタバコのストックを、全てぶちまける。
「他の男」と、タクシーに乗り込む。
見た後のこの苦しい思いは、10代〜20代の”痛い恋愛”そのものなんだと思う。
なんであの頃、あんなに彼氏と喧嘩してたんだろう。なんであんなにワガママだったんだろう。なんで可愛くしていられなかったんだろう。
今思うと恥ずかしいくらい馬鹿馬鹿しいことなんだけど、その頃のわたしは多分余裕が無かったし、「愛」が欲しかったんだと思う。
愛が何かもよくわからなかったのに。
もしかしたらその頃付き合っていた彼は、わたしに愛情を注いでくれていたに違いないんだろうけど、それに全く気づけなかった。
そんな気持ちをえぐられるモーメントこそが、この王家衛4Kレストア版を見にいくという行為なんだよな。
痛いわ。ほんと。
(だから、好きな人の前ではかわいく素直でいるようにしてる)
ラストは台湾。愛する台湾。台湾にも、もう3年行ってない。
騒がしい夜市のシーンは、あの五香粉のにおいを思い出した。
Happy Togetherが流れてるけど、どこがHappy Togetherなんだよ。って思いながら泣いた。
最後にトニーレオンは笑ってるけど、全然ハッピーエンドじゃない。
レスリーは想いを抱いて、ベッドの上の棚にタバコを並べ直す。
トニーレオンが去った後の部屋に居を置く。
思い直した時っていうのは、たいてい何もかも手遅れになってることが多いよね。
そんなことを何年も人は学べないまま、歳を取ってく。
恋愛の盛り上がりも楽しいけど、瞬間的な恋愛ゲームより自分の人生にとって厚みになるような恋をしようね。
エンドロールの「張 國榮(レスリーチャン)」の名前を見た瞬間、情緒が崩壊した。
やっぱり、レスリーチャンは生きていたんだと思って。
「清掃が入るので退席してください」って言われるまで、座席から立てなかった。
うちのオランダ人と感想を交わしながら、涙が止まらなかった。
「ぼくが泣かせてるみたいじゃない」って言われながら、新宿駅までの道のりを歩いた。
「あんな思いなんて、もう2度としたくないよね。恋なんて失いたくないよ。あんなことを何周もして今があるんだから、もう同じ切ない思いなんてしたくないよね」って恋愛を語るうちのオランダ人に「お前なんかに恋愛を語られるのはこの世の終わりだ」と泣きながら小田急に乗り込んだ。
小さい頃、アジアの映画をたくさん見た記憶がある。
ママが香港で仕事をしていた頃の話を聞いて「なんで香港好きだったの?」って聞いたら「そんなの、初めて飛行機から降りた瞬間から好きだったわ」って言ってて、さすがMy Momって思った。最高。
その中でもレスリーチャンを美しいと思った少女だったわたしは、そのままの記憶のまま大人になってしまった。
気付いたらレスリーはマンダリンオリエンタルから飛び降りていたし、わたしは命日にその場所に立つようになった。
いつも、ちょうど香港のお仕事が終わりに差し掛かるあたりのタイミングで、この命日がやってくる。
荷造りを済ませて天星小輪に揺られながら中環まで向かい、マンダリンオリエンタルホテルの石畳にキスを置いて、午後イチのフライトで香港を去る。
この郷愁に近い思いは、香港という場所やお仕事、人間関係を中途半端にしてきてしまった意識があるからなんだな、ということがわかった。
(実際はそんなことはないんだけど)
2019年のクリスマス、「また来るね」ってみんなに言って、香港の土地にその思いを置いてきたままだから。
いつか、あの頃みたいにまた尖沙咀でみんなと会うことができるんだろうか。
全部、コロナのせい。