ドストエフスキーの「罪と罰」を読んでる最中に「賭博者」を読み始めた理由は、光文社の新訳の刊行から日が浅いということと、ドストエフスキーが「罪と罰」を書いている最中に「賭博者」を書いたっていうのを講演会で聞いたから。
あ、じゃぁその気持ちがちょっとくらいわかるかしら、って思って読み始めた。
中編だったし字も大きいし、すぐに読了した。
(読み終わっても、そのへんの気持ちは何もわからなかったけど)
ただ「アンティークコインを扱う仕事」をしてる以上、この「賭博者」がキツかった理由がひとつだけ。
色んな国の通貨がわんさか出てくること。
仕事柄、いちいちイメージが浮かんで「えぇーっと?当時のレートで…?キッツ…」ってなった。
さらには、カジノへ行くために両替すると別の通貨単位になるので、そのたびに「ふざけんなよ…」って立ち止まることになるので、内容をリセマラするハメになった。
でも、2回ほど「賭博者」に関する講演会に行って「出てくる地名(ルーレッテンベルグ)は架空の地名」っていうのを聞いた。
っていうことは、通貨単位なんて気にしないでいいんじゃないか、って。
という訳で、カジノには「お金」がつきものだし、自分のメモがてら実際の物を見ながら整理することにした。
まずは第一条件として「1866年の通用貨」で考えていくことにする。
ドストエフスキーが「賭博者」を書いたのが1866年ということ(Wikipediaより)なので、この年にすでに使われていたお金=通用貨を中心に調べていくぽよ。
1866年発行だと、リアルタイムで市中に通用するとは考えられないので、それ以前に発行されたものを中心に考えていこうかなって。
ページも適当に追って拾ってるだけなので、あとで追加が出るかも。
あと、銀貨よりも金貨の方が通貨単位がデカいということも頭に置いておく。
手元に実物がないものは写真が高画質なHeritage Auction(https://www.ha.com/)さんから写真を頂いてきました。(Kennethいつもありがとう)
(もし、時代考証とか違ったらご連絡ください)
・8ページ 「1,000フラン札」
今は紙幣は専門じゃないけど、前の会社にいたときに一番最初に興味を持ったのがお札だった。
外国の紙幣はとくに色彩豊かで繊細で美しいから。
一番最初に紹介しといて一番自信が無いんだけど、多分このBlue紙幣じゃないかなーと思う。
でも、発行年とか追えなかったから、もうちょい推敲が必要。だと思う。
・25ページ「700フローリン」
「フローリン」という通貨は英国とオーストリアで使われてるんだけど、中身を読む限りオーストリアの方かなって思ったけど、この年代には発行が無かった。
フランツヨーゼフ1世の時に1866年だけの発行(単年号っていう)の銀貨があるけど、オンタイムで流通するとは思えないので、これじゃないとすると1851年から発行されてる英国のフローリン銀貨。
ヴィクトリア女王のフローリン銀貨は、ゴシックの文字などの細部にいたるまで全て美しくて、実物は500円玉より少し大きいくらい。
サイズもちょうどいいのでコレクション向き。
でも、どこか「このコインじゃない気がする…」って思うんだよなあ。
・31ページ「ルイ・ドル」
これはフランスから発行されている「ルイドール(Louis d’or)金貨」のことなんじゃないか、と思ったら混乱した。
何故なら、ルイドールの発行は1643年~1791年までなので「賭博者」の頃はナポレオン3世の20フランに切り替わってる時期なので、余計に混乱した。
ボスに聞いたら「お話しの中だったら、そういうもんなんじゃなーい?」って感じだった。
貨幣についての法律なんて国によって違うし、ましてや架空の設定だから「そんなもん」なのかもしれない。
ちなみにルイドールはこちら。NGCの鑑定に出したやつだから、ケース入りだけど。
「ドル」というとアメリカの「Dollar」のイメージだから、「ドール」って訳して欲しかった…(どうでもいい)
・32ページ「1グルデン」
オランダのウィルヘルム3世のグルデン銀貨じゃないかなと。1850年~1867年までの発行だし。
単位は1グルデンと、写真の2と1/2グルデンという中途半端な感じ。1グルデンの次は5グルデンとかで良くない?
・33ページ「100フラン金貨」
これはみんな大好きなフランスの「ナポレオン3世の有冠(月桂冠つけてる方)」というやつ。1862年~1870年までの発行なので、これに間違いないと思う。
うちの会社では略しすぎて「有冠」って呼んでる。
とにかくナポレオン3世のこのコインは「顔がいい」のですき。
こちらは「BB」の刻印があるので、ストラスブールで作られたもの。(ちょっとレア)
一般的に「ナポレオン」ていうと、多分フランス革命の頃の「ナポレオン・ボナパルト」のほう。
この人は、その甥なので別人。アルプス越えはしないほう。
・36ページあたりから「フリードリヒ・ドル」
「フリードリヒ・ドール(Friedrich d'or)」のことだと思うんだけど、発行が1741年~1855年までだから「賭博者」が発行された1866年には発行されていないので、ルイ・ドール同様な扱いで登場してると思う。
この通貨単位はデンマークとプロイセン(ドイツ)から発行されているんだけど、本文に「ホンブルク」って出てくるから、プロイセンの方かなって。
4人の王様によって代々作られてるけど、1841年~1852年までのフリードリヒ・ウィルヘルム4世が発行期間もまあまあ長いので、流通量は多かったと思う。
・286ページ「1スー」
全くわからない。Sueだったとしても全くわからない。今度詳しそうな人に聞いてみる。
・ターレル
ちなみに「ドル」の語源が「ターレル(Thaler)」なんだけど、このターレル銀貨が由来。
わたしは「ターレル」じゃなくて「ターラー」って呼んでる。
1857年オーストリア帝国がフェアアインスターラー(Vereinsthaler)を定めて、ドイツ全土で通用するようになった。
「賭博者」が刊行されたのが1866年だけど、1864年と1865年の発行枚数が約400万枚と多めなので、1864年~1871年発行のウィルヘルム1世のターレル銀貨が有力。
プロイセン以外にもザクセンとかの諸侯国が各地で発行してるけど、ここはメインのプロイセンを載っけとく。
ちなみに1866年の発行枚数は2,400万枚とケタ違いに多いので、これはオンタイムで流通の可能性有り。
以上のことを踏まえると、325ページの「15ルイドルあるが、かつては15グルデンからはじめたこともあった!」っていうのも「最初は銀貨からはじめたルーレットだったけど、勝った取り分が金貨になったってことか。」って思うと、理解しやすい。
お金って難しい。余計な知識のせいで、ややこしかった。
344ページの読書ガイドに国際換算率とか書いてあるけど、ベースがルーブルだったりするけどわかりやすい。
途中、ロシア文学とコインにめちゃくちゃ詳しい収集家(というか大家)にこの辺の話をしたら、「ちょうどその頃は…」っていう感じでどんどん沼の奥底に引きずり込まれた。
ロシア文学から離れていた去年、クリスマスに「ロシア革命の貨幣史」を送ってくださった。それからちょくちょく読むようにしてるけど、マジで中身が難しくて難航してる。
あの頃…ロシア文学とか…もっと真剣にやっておけば…。って思った。
そのことを会社の大先輩に話したら「そうやって思えるってことは、大人になったってことなんだよ」って言ってもらえて、ちょっと後悔が薄らいだ。
「賭博者」に出てきた100フラン金貨は、年代が違うとデザインがエンジェルに変わる。
大人になったので勇気を振り絞って「会員に…なります…」って言ったら、すぐにこの会員カードが手元に届いた。(ありがとう泉岳寺のコイン屋さん)
デザインが好きな1841年の5ルーブルみて。時代はニコライ1世の頃。
ちょうど、ドストエフスキーの時代。
裏の「АЧ 」は当時の造幣局の責任者Alexei Chadovさんのイニシャルで、これは「СПБ」なのでSt. Petersburg Mint=サンクトペテルブルク造幣局で作られたってこと。
ロシアのコイン専門の書籍も頂いたのにまだ少ししか読めてないんだけど、ちゃんと勉強しないと。
わたしの抱えてる収集家さんたちの中にはロシアとソ連のコインが好きだっていう方が結構いらっしゃることだし。
ドストエフスキーの作品の中ではさくっと読める「賭博者」が一番好きかも。